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大仏特集

良弁(ろうべん)杉

昔、近江の国、滋賀に仲のよい夫婦がいました。二人には子供が有りませんので、毎日毎日、観音様にお願いしました。すると二人には男の子が産まれました。
観音様が授けてくださったのか、二人はお守りに小さな金の観音様を作り、その子の首にかけて大事に育てました。
ある日、畑で仕事をしているとき、突然大きなワシが現れ、木陰で寝ていた赤子をさらってしまいました。二人は必死で追いかけましたが、とうとうワシは見えなくなってしまいました。
ワシは奈良まで飛んでゆき、二月堂の下の杉にひっかけてその赤子を食べようとしましたが、その子の胸のあたりから後光が射してワシの目がくらみ食べることが出来ず、飛び去っていきました。
その杉にひかかっている赤子を見つけたお坊さんがその子を降ろして見ると、懐に観音様のお守りが入れてありました。
その子は良弁と名づけられ、後に立派なお坊さんになり東大寺の建立に力を尽くしました。
ワシにさらわれてから30年間、全国を探し回っていた母親とも杉の木の下でめぐり会い二人は幸せにくらしました。
その後、杉の木は「良弁杉」と名付けられ、今も東大寺二月堂の前にあります。

石子詰めの三作

奈良・興福寺の南側の道を東に歩くと、右側に菩提院の大御堂があります。その門前には『伝説三作石子詰之旧跡』と書かれた碑が立っています。
昔、この場所に寺子屋があり、読み書きやそろばんなどを教えていました。
興福寺の稚児の三作(みのさく)が習字のお稽古をしている最中に少し離れた時に鹿がきて、習字を食べてしまいました。
三作は鹿を追い返そうと文鎮を投げつけると、当たり所が悪く鹿は死んでしまいました。
当時、鹿は神のお使いといわれ、殺した者は死んだ鹿と一緒に小石で生き埋めされる「石子詰め」という刑に罰せられました。
三作はその罪によって寺の深い穴に入れられ、死んだ鹿と一緒に石を詰めこまれ生き埋めにされたといわれています。当時、三作13歳。
その後、寺では三作の供養の為、明け七つ(午前四時)と暮れの六つ(午後六時)に鐘を鳴らしました。合わせて十三、三作の年齢にちなんでのこととされています。

猿沢池の采女(うねめ)神社

猿沢池の西北の隅に鳥居を背にした珍しい後ろ向きの神社があります。
これが釆女神社で『大和物語』によりますと「奈良時代に帝に仕えていた釆女(後宮で帝の給仕をする女官の職名)が、帝のご寵愛が衰えたのを嘆いて猿沢池の池畔の柳に衣を掛け、入水してしまいました。人々は采女の霊を慰めるために社を建てました。しかし、釆女は我が身を投じた池を見るにしのびないと一夜のうちに社を後ろ向きにした。」と伝えられています。
池の東には采女が身を投じる前に衣を掛けたという衣掛(きぬかけ)柳があり、
毎年、中秋の名月の日には采女の霊を慰める采女祭が行われます。

不審ヶ辻子(ふしがづし)の鬼

昔、ある夜一人の賊がならまちの長者の家に忍び込みました。長者は賊を捕まえると、鬼穏山【きおんざん(現在の奈良ホテル周辺)】から谷底へ投げ落とし、賊を殺してしまいました。
その後、この賊が鬼となり、毎晩元興寺の鐘楼に現れるようになり、人々を悩ませていました。
当時、元興寺にたいそう力持ちの小僧がおり、その小僧が鬼を退治することとなりました。小僧は鬼を退治しようと争いましたが、なかなか勝負がつかず、とうとう夜が明けてしまいました。鬼は朝日を浴びると鬼でいられなくなってしまうので、慌てて逃げ出しました。小僧は鬼のあとを追いましたが、あるところで鬼の姿を見失ってしまいました。
それからその辺りを「不審ヶ辻子」と呼ぶようになりました。

饅頭(まんじゅう)の神様

昔、中国より奈良にやってきた林浄因(りんじょういん)は、中国の饅頭をまねて、蒸し饅頭を作りました。
そのころ日本には饅頭はなく、人々ははじめて口にする味に大行列しました。
饅頭は評判を呼び、時の天皇様に献上するまでになりました。
これが日本の饅頭のはじまりです。
現在、近鉄奈良駅の近くに漢國神社とよばれる神社があり、その境内に林浄因をお祀りする林神社がひっそりと佇んでいます。

青衣(しょうえ)の女人

東大寺二月堂で3月に行われる【修二会(お水取り)】行事のなかで、二月堂内陣において、練行衆により【過去帳(奈良時代から現在に至る歴史上、東大寺に関係した人の名前が記されている)】が読み上げられています。
鎌倉時代、集慶(じゅうけい)という僧侶が過去帳を読み上げていたところ、その前に突然、青い衣の女性が現れ、「何故、私の名前をよんでくれないのか」と、恨めしげに問いました。集慶がとっさに【青衣(しょうえ)の女人】と読み上げると、その女人の姿は消えたといわれています。 それ以来、過去帳には「青衣の女人」と記されとおり、現在も読み上げられています。