高畑

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TAKABATAKE

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たかばたけ茶論

AREA

地域について

奈良市高畑(たかばたけ)は時代によって様々に変遷してきたエリア。
奈良時代に広大な寺域を誇った「新薬師寺」の旧境内地、
明治まで残っていた春日大社の社家町、大正・昭和初期の作家、
芸術家達が集った文化エリアなど様々な歴史をもつ土地です。

そして、現在では豊かな歴史を背景にした文化施設、
個性的な店舗も数多くある注目エリアとなっています。

あなたはどんな高畑が好きですか?

MAP

高畑はどんなところ?

十二神将で有名な新薬師寺などの神社仏閣、入江泰𠮷記念奈良市写真美術館などの文化施設、店主の個性溢れるお店などが点在するエリアです。

アクセス

奈良交通バス停の「破石(わりいし)町」もしくは「奈良ホテル」「福智院町」で降りて散策を始めるのがおすすめです。また、世界遺産の春日大社から涼しげな春日の杜を通り抜けたら、その先が高畑エリアです。

CONTENTS

コンテンツ紹介

  • モデルコース

    MODEL COURSE

    奈良市・高畑をよく知るエキスパートがナビゲーターとして、高畑をご案内。高畑のお寺や注目スポット、そして、ちょっとマニアック!?な注目ポイントをご紹介します。

  • 高畑ストーリー

    (インタビュー)

    TAKABATAKE STORY

    高畑のキーパーソンから普段観光で訪れるだけでは見えてこない高畑ストーリーをうかがいます。

  • 高畑で暮らす・
    はたらく人のおすすめ

    RECOMMENDED

    高畑のことは地元の人に教えてもらおう。高畑で暮らす・はたらく人におすすめをおうかがいします。

MODEL COURSE

モデルコース

01

下の禰宜道(ささやきの小径)

春日大社の神官が、社家町であった高畑から春日大社へと通った道の一つ。春日大社二之鳥居から、馬酔木(あしび)のトンネルを抜け、高畑へ向かうこの道は、多くの文化人に愛されました。

施設概要


住所:奈良市春日野町160 時間:境内自由(夜間の通行はお控えください) 料金:無料 休み:無休 駐車場:100台(春日大社駐車場)

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

自宅(現在の志賀直哉旧居)からも近い春日大社の下の禰宜道は志賀直哉のお気に入りの散歩道でした。現在は、「ささやきの小径」ともよばれています。散歩をしている志賀の写真を見ると(写真左)、温和なイメージですが、実際は短気で癇癪持ちだったそうです。道中の小川に志賀が飛び石(通称:岩橋)を置いたと言われ、どれだ?と探した人もいたのですが、流されてしまったようで、今は所在不明です。

下の禰宜道を散歩する志賀直哉と上司海雲(1957年)
撮影:入江泰𠮷

現在の下の禰宜道(ささやきの小径)


02

志賀直哉旧居

生涯23回も転居するほど引っ越し魔だった文豪・志賀直哉。彼が古都の自然や文化財に魅かれ、自ら設計し、1929年からの9年間を家族と共に過ごした邸宅が完全復元されています。

施設概要


住所:奈良市高畑町1237-2 電話:0742-26-6490 時間:9:30~17:30(12~2月は~16:30)入館は閉館30分前まで 料金:一般350円(学生・団体割引あり) 休み:年末年始(12/28~1/5) 駐車場:なし 
Webサイト:https://www.naragakuen.jp/sgnoy/

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

志賀が設計した邸宅は、文化人達との交流の場となり、高畑サロンとよばれた1階のサンルームやダイニングルーム、書斎など随所にこだわりが見られます。2階には、長編小説『暗夜行路』を完成させた書斎と借景として御蓋山、春日山、若草山を望める客間があります。志賀はこの部屋から見渡せる春日の杜(春日山原始林)がお気に入りで、友人らと鍋を囲んだという逸話も残っています。当時とほとんど変わらない風景をぜひ眺めてみてください。

2階の客間から若草山、御蓋山を眺める志賀直哉と
上司海雲(1963年頃)撮影:入江泰𠮷

志賀直哉旧居2階の客間。変わらない風景が眺められる


03

たかばたけ茶論

志賀直哉旧居の隣、大正時代に建てられた洋館(登録有形文化財)の広いお庭にあるガーデンカフェです。緑に包まれながらこだわりのコーヒーやチーズケーキを楽しんで。暑い夏なら色鮮やかなマスカットスカッシュもおすすめです。

施設概要


住所:奈良市高畑町1247 電話:0742-22-2922 時間:14:00~18:00(L.O.17:30) 休み:月曜~木曜、祝日の場合は翌日休、お盆、年末年始 駐車場:なし
Instagram:@takabatake_salon

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

1980年に洋画家の中村一雄さん、紀矩子(きくこ)さん夫妻が自宅洋館の庭を開放して始めたカフェです。1919年に建てられた洋館は、近代美術の発展に貢献した洋画家・足立源一郎がヨーロッパから帰国後にアトリエとして建てたものを一雄さんの父で同じく画家の義夫さんが受け継ぎました。エコール・ド・パリの代表的な画家・藤田嗣治とも交流した画家達が暮らした文化財とも言える洋館が佇むガーデン。そこで珈琲を飲みながら読書をすると、まるで大正・昭和の文化人気分に。

洋館を背景にお茶を楽しむことができる

雨の日にはカウンター6席と
テーブル席3卓がある店内のご利用を

▼ 入江泰𠮷の写真に残る高畑風景

入江泰𠮷は高畑エリアも多く撮影しており、現在の風景からも彼の写真の面影を感じとることができます。
高畑散策の際に、入江が撮ったスナップをヒントに、ぜひ撮影地を探してみてください。


高円山(1940年代後半)撮影:入江泰𠮷

2024年6月撮影

入江は、高畑の万葉の風景として、万葉集に何首も詠まれた高円山(たかまどやま)を仰ぎ見るこの写真を撮影しました。万葉集を読んだ作家の堀辰雄(1904~1953年)が『花あしび・後記』(絶版)で、「新薬師寺の門から新緑の高円山を眺めたりして、一種の満足を得た」と記した場所でもあります。現在は入江の写真の時代には無かった、1960年に始まり、毎年8月15日に開催される「奈良大文字送り火」の“大”の字が見えるので、今と昔の違いに思いを馳せることができます。

新薬師寺付近(1954年)撮影:入江泰𠮷

2024年6月撮影

柳生街道に続く高畑の「かつてのメインストリート」を1954年に入江が撮影しました。右に曲がれば不空院や新薬師寺があります。現在もこの通りには、現存する唯一の社家建築「藤間家住宅」や大正・昭和の雰囲気がある邸宅が並びます。左に見える御蓋山の風景も変わりません。


04

GELATERIA FIORE(ジェラテリア フィオレ)

イタリア語で「花」という意味がある店名の「フィオレ」の通り、華やかな盛り付けが美しい、新薬師寺門前のジェラート店です。定番から季節限定を含め、常時10種類のジェラートのほかパスタや石窯ピッツァもありランチにもおすすめ。

施設概要


住所:奈良市高畑町464 電話:0742-93-7866 時間:平日11:00〜17:00(L.O.) 土日祝11:00〜18:00(L.O.)※フード類は15:00L.O. 休み:水曜+不定休 駐車場:3台 Instagram:@_gelateriafiore

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

ぜひ味わっていただきたいのは、できたての生ジェラート「ジェラートクルドパルフェ」。レギュラーメニューよりもさらに滑らかで繊細な舌触りです。写真の「ジェラートクルドパルフェ」はピスタチオとチョコレートのジェラートに甘夏、ナッツ、カラメルショコラソースという魅惑の組み合わせ。不定期でジェラートとフレーバーの組み合わせが変わるため、様々な味が楽しめてリピート間違いなしです。

見た目も美しい「ジェラートクルドパルフェ」
(イートイン時「グラス」盛り付け)


05

入江泰𠮷記念奈良市写真美術館

奈良の風物を撮り続けた写真家・入江泰𠮷の作品約8万点を収蔵。入江作品の他、国内外の多様な写真家の展覧会を楽しめる、関西でも数少ない写真専門美術館です。

施設概要


住所:奈良市高畑町600-1 電話:0742-22-9811 時間:9:30~17:00(入館は16:30まで) 休み:月曜(祝日の場合は最も近い平日)、祝日の翌日(祝日が平日の場合)、年末年始、展示替え期間 駐車場:39台(1時間以内無料) Instagram:@naracmp 
Webサイト:https://naracmp.jp/

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

大和路の写真家として知られる入江泰𠮷が生前に8万点以上の作品を奈良市に寄贈したことから、1992年、当時西日本初の公立の写真専門美術館として開館しました。一見、何気ない奈良の風景を撮ったように見える入江作品は、奈良のことを知れば知るほど、深みを増し、解釈が変わる写真です。写真の美しさに見とれるだけでなく、なぜ、わざわざそれを撮ったのか“読み解いて”みてください。そして、芸術作品としてだけでなく、昭和の奈良の様子が分かる貴重な記録史料でもあることもお忘れなく。

*入江泰𠮷撮影の写真はすべて入江泰𠮷記念奈良市写真美術館所蔵

COURSE

コース案内

01

瑜伽神社(ゆうがじんじゃ)

石段を登りつめれば朱色に美しい拝殿があり、振り返れば大和青垣※2を見わたせ、空気の澄んだ日には稀に大和三山を望むこともできます。御祭神は宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)で、食べ物を司る神として産業全般から篤く信仰されています。

※2大和青垣
倭建命(ヤマトタケルノミコト)が詠んだ「倭は 国のまほろば たなづく 青垣 山ごもれる 倭しうるはし」にも使われているように、奈良盆地を囲む青々と美しい山々を形容する古来からの言葉。

施設概要


住所:奈良市高畑町1059 電話:0742-27-5299 時間:境内参拝自由 料金:無料 休み:無休 駐車場:なし

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

桜と紅葉(楓)の名所として知られていた境内には、「春はまた花に訪ひこむ瑜伽の山 けふのもみぢのかへさ惜しみて」と詠った江戸時代の梶野良材(かじのよしき)の「桜楓歌碑※3」が立っています。夏は青もみじなどイキイキとした青葉が鮮やかな朱色の拝殿と映えて綺麗です。

※3桜楓歌碑
幕末に奈良奉行だった梶野良材が古来、桜と紅葉の名所として知られていた瑜伽山付近へ紅葉狩りで訪れ、夕陽に映える紅葉に感嘆し、春にもここへ来て花見をしたいと詠ったといわれる歌碑。


02

福智院(ふくちいん)

奈良時代の僧・玄昉(げんぼう)が建立した清水寺(しみずでら)が前身。鎌倉時代に大乗院実信僧正と西大寺の興正菩薩叡尊上人の協力により復興されました。ご本尊・地蔵菩薩坐像(重要文化財)は、台座も含めると総高6.6mに及びます。

施設概要


住所:奈良市福智院町46 電話:0742-22-1358 時間:9:00~16:00 料金:大人500円(特別開帳期間は600円) 休み:不定休 駐車場:1~2台

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

ご本尊は、「地蔵大佛」と称される木造の大きな地蔵菩薩坐像です。これほど大きなお地蔵様は、なかなかお目にかかれません。光背にはびっしりと560体の化仏(けぶつ)に、ご本尊と六地蔵をあわせると567体ものお地蔵様がおられるので、そこにもご注目を。さらに、光背の両側下方部に閻魔様と太山王(たいざんおう)がそれぞれいらっしゃるので、探してみてください。


03

奈良春日山酒蔵(ならかすがやましゅぞう)

世界遺産「春日山原始林」の山麓にある奈良春日山酒造。箱階段が印象的な店内には常時30種類の日本酒、果実酒、焼酎、スピリッツ、ノンアルコール飲料などが販売されています。

施設概要


住所:奈良市高畑町915 電話:0742-26-2300 時間: 9:00~17:00 休み:土曜・日曜・祝日、年末年始 駐車場:なし 
Instagram:@narakasugayama_syuzo_co 
Webサイト:https://narakasugayama-shuzo.co.jp/

※2024年8月から一部リニューアル工事が行われます。
そのため写真とイメージが異なることがあります。

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

春日山原始林山麓の名水地「清水町」で江戸時代以前から創業していた酒造業「横田屋」の流れをくむ酒造。2022年12月に事業継承により「八木酒造」から「奈良春日山酒造」へと社名変更されましたが、変わらぬ伝統の味はそのまま守り続けています。伝統的な奈良酒はもちろん、梅林で有名な奈良市月ヶ瀬や吉野の梅を使った梅酒や柚子酒、蜜柑酒、林檎酒など、バラエティに富んだ果実酒が魅力。ノンアルコール梅酒もあり、店内で無料の試飲が楽しめるので、お土産を選びながら休憩はいかが?


04

cafe zuccu(カフェ ズック)

アンティーク家具や本に囲まれた居心地の良い空間で思い思いの時間をゆっくり楽しめるカフェ。ランチはパスタやサンドイッチなどがあり、朝8:00からのモーニングセットも人気です。週末は満席になることも多いので予約がおすすめです。

施設概要


住所:奈良市高畑町728 電話:0742-87-2334 時間:8:00~18:00(L.O.17:00、フードは~16:00)水曜は〜17:00(L.O.16:00、フードは~15:00) 休み:木曜 駐車場:2台 Instagram:@cafezuccu Webサイト:https://cafe-zuccu.crayonsite.com/

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

江戸時代末期の町家で、築160年以上経つ古民家をリノベーションしており、破石(わりいし)町のバス停から新薬師寺へ向かう風情が残る旧街道(柳生街道の一部)沿いにあります。ランチメニューやデザートもリーズナブルでおいしいと友松さんが太鼓判を押すお店です。暑い夏にうれしいパインとミントのヨーグルトスムージー(写真)は絶品!


05

えんきりさん、えんむすびさん(不空院)

鑑真和上や空海との所縁が伝わり、近年は縁切り・縁結びの寺としても知られています。ご本尊・不空羂索観音(鎌倉時代)は、東大寺・法華堂のお像と興福寺・南円堂のお像とともに「三不空羂索観音」と称されます。ご本尊の拝観は春と秋の特別公開時以外は要予約。

施設概要


住所:奈良市高畑町1365 電話:0742-26-2910 時間:9:00~17:00 料金:無料(春・秋の本堂特別拝観は有料) 休み:境内参拝無休(本堂拝観についてはwebサイトで要確認) 駐車場:なし Webサイト:https://www.fuku-in.com/

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

不空院の境内には、自由参拝できる「えんきりさん、えんむすびさん」がまつられています。近くに花街があったことから、「縁切り寺」「かけこみ寺」として弱い立場の女人を救済してきました。悪い縁を切って、良い縁を結ぶという、リボン形の「えんきり守り」と丸い輪の形をした「えんむすび守り」がかわいくて、イチオシです。

えんむすび守り(左)とえんきり守り(右)


06

新薬師寺

奈良時代、聖武天皇の病気平癒を願い光明皇后により創建。創建当初の建造物として本堂(国宝)が今に残り、ご本尊・薬師如来坐像(国宝)と、それを囲む十二神将立像(国宝※波夷羅大将のみ後世の補作)が安置されています。

施設概要


住所:奈良市高畑1352 電話:0742-22-3736 時間:9:00~17:00 料金:600円(学生・団体割引あり) 休み: 無休 駐車場:10台(無料) Webサイト:http://www.shinyakushiji.or.jp/

POINT

ナビゲーターのイチオシ !

パッチリと大きく開いた目が特徴のご本尊「薬師如来坐像」とご本尊を囲むように並ぶ「十二神将立像」の姿は圧巻。堂内に入るとほの暗いのですが、その空間に癒されます。天平の美と信仰を感じることができる寺院です。実は本堂以外にも新薬師寺には興味深いことが…。身体の悪い所に紙を貼ると治ると信仰され、近年まで紙を貼る人がいたという「紙貼り地蔵さん」など民間信仰が残るお寺でもあります。他にも民間信仰が残っているので、見つけてみてください。

紙貼り地蔵さん(中央)

TAKABATAKE STORY

高畑ストーリー(インタビュー)

お話しを聞かせてくれる人

中村 紀矩子(なかむら きくこ)さん

(たかばたけ茶論 店主)

樹々の緑から木漏れ日が差す、1919年に建てられた洋館が佇むオープンテラスから、今日も「お会いできて嬉しいわ」と明るい声が響きます。「たかばたけ茶論」は、1980年11月に風致地区である高畑エリアでオープンしたカフェ(サロン)。2024年で44年目になります。店主(ママ)の中村紀矩子さん(1940年生)は、お隣の志賀直哉旧居に文化人が集った昭和の初めの頃の“高畑サロン”のように、奈良に新しい文化が根付くことを願い、夫の洋画家・中村一雄さんと自宅の庭を開放しました。
あえて大通り側に入り口を設けず、細い路地側の100年以上経つ土塀をくり抜き、門にしたことで、外側からだとカフェには見えません。わざわざ見つけて来てほしいという紀矩子さんのこだわりです。秘密めいた庭のテラスで、気持ちよく本を読みながら、淹れたての珈琲はいかがでしょう?色鮮やかなマスカットスカッシュやアイスティーが新緑に映えます。でも何と言っても、一番の魅力は、ユーモアがあって、笑顔が絶えない紀矩子さんの人柄。出会った人が元気をもらえるような、彼女のチャーミングな人柄に惹かれて、多くのリピーターが今日も小さな扉をくぐって訪れます。長年、お客さんと過ごしてきたエピソードや高畑での日々の暮らしをうかがいました。

自分がやりたくて
やっていることだから

カフェのカウンター越しの紀矩子さん。ここで1980年のオープンからずっと珈琲を淹れている

オープンから43年間、一度も病気で休んだことがないのよ。なぜなら、自分がやりたくてやっていることだから。あまり先のことを考えず「明日は明日の風が吹く」と思って、ストレスが無く、楽しくやっています。奈良に嫁いでから、親しくしていたお料理教室の先生の姿が輝いて見えて、私も何かできるかなと思ったの。その思い付きが茶論を始める原点です。最初は、開店を絶対に反対されると思って、主人にも誰にも言いませんでした。
でも、明治生まれの父に伝えたら、「すばらしいなぁ!上手に歳が重ねられるよ」と言ってくれました。ここまで続けてきて、今、父の言葉通りになったと分かったんです。父の言葉はありがたかったし、励みになりました。一生忘れない言葉です。
オープン後もあまりに静かな場所だから、身近な人にも「こんな所でやっても人が来ないよ」と言われて、反対意見がいっぱいでした。でも、後悔をしたくなかったし、父の「人に迷惑をかけなかったら、何をしても良い。好きなことをやろうと思ったら、やったらいい」の言葉に背中を押してもらって、「ダメだったら辞めたらいいわ」と続けました。ここまで続くとは想像もつきませんでした。だから本当に不思議だわ。

今日はどんな人に
お会いできるかな

木陰が気持ちいいガーデンテラス席

お客様に恵まれていて、毎日「今日はどんな人にお会いできるかな」とワクワクしています。だから、珈琲も紅茶も初心を忘れないよう、一生懸命気持ちを込めて淹れています。お店に立っている時は、若い時と気持ちがいまだに一緒。お客様がニコッと笑って、「おいしかったよ」と言われると本当に嬉しいの。以前、60代くらいの男性がガーデンから私の姿を見ていたみたいで、お帰りの際に「お年はおいくつですか?」と聞かれました。84歳と答えたら、「すごく機敏に動いておられる姿に見とれていたんです」と言われたんです。外からもお客様に見られているんだと、それもひとつの勉強になりました。お客様から直接いただいた言葉がすごくエネルギーになります。
あと、一番印象に残っているお客様がいます。ご夫婦揃って奈良好きで、この茶論にも来てくれていました。ある日、奥様が1人で訪ねて来られ、「亡くなった主人がこのお店が大好きで、ママさんとお話しするのも大好きだったんです。今、主人の好きだった場所を周っているんです」とポロポロと泣きながらおっしゃったの。わざわざ報告しに来てくださったのもありがたかったし、お店をやっていると、本当に色々な感動があります。40年振りにいらっしゃるお客様もいるんですよ。もうお店を閉めているだろうと思って、とりあえず来てみたら、開いていて驚かれ、中を覗いたらママ(私)がいるから、もう本当にビックリしたそうなの。3代で来てくれるお客様もいて、その時も感動がありますね。43年間お店をやっていて、人の温かさを生で感じるので、「人って素晴らしいなぁ」と、ひしひしと感じますね。その気持ちがあって、色々な人に出会えるので、私も元気が出ます。

家族と一緒に
「嬉しい」「楽しい」

紀矩子さんが描いたコーヒーカップが
看板になっている

娘とお嫁さん3人のファミリーでお店をやっています。お嫁さんが「ママは、ほんのちょっとしたことでも嬉しい、わぁ~!楽しいって言うね」と言うんです。日々のことが新鮮で、「ママ、来たよ~」と手を振って入って来るお客様がいたり、「すごく癒されました」と言ってくださったり、「一緒に写真を撮ってください」と言われたり、なんだか楽しいわ。お客様の反応が嬉しいし、力になりますから、笑うことが多いわね。やっぱり、嬉しい、楽しいってよく言っているわね!店内には、亡くなった主人の絵も飾っています。主人は、外国が好きだったので、家に居ないことが多かったから「ママ、寂しくないの?」なんて聞かれたけれど、私は外国を描いた主人の絵が一番好きなので、何も寂しくなかったです。主人も当たって砕けろのおもしろい性格で、土臭いところが好きだから、メキシコが似合うの。洋館のアトリエには100号のメキシコの絵が飾ってあります。このガーデンで、30枚くらいイーゼルを並べて展覧会も何回かやりましたよ。それにお隣の志賀直哉旧居の保存活動もしていましたね。
主人は絵描きだったのに、私は絵を描くのが嫌いで、筆も持ったこともがないの。でも、お店の看板を作る時、「ママが描いて」と言われてね、無心で一気にワッと描いたんです。そうしたら、何だか褒められて、味があるって言われるんですよ。
いろいろな事がありましたけど、結果とかは一生分からないわね。だから、夢を持てることは幸せなのよ、やりたいことがあるって幸せ。ちょっとしたことで、嬉しいと思えるのだから幸せよね。きっと私は単純なのよ。

私にとっての高畑

何十年住んでいても、洋館があるこの一角は本当にどこを見てもすべて良いの。100年以上前の独特の赤い瓦とうちの古い土塀とね、この庭の緑がセットになって、何もかもが古いから、瓦も土塀も換えるに換えられないし、他所には無い風合いなのよ。意外とあまり無い風景だと思います。ちょっと遠出して帰って来て、この風景を眺めると、あぁやっぱりいいねぇ、とホッとしますね。

お話しを聞かせてくれる人

中田 定観(なかた じょうかん)さん

(新薬師寺 住職)

新薬師寺は、747年に光明皇后が夫である聖武天皇の病気平癒を祈願し、創建した高畑エリアを代表する古刹です。創建当初は、七堂伽藍を配する大寺院でした。ご本尊は、カヤ材の一木造りで、大きく見開かれた瞳が印象的な国宝・薬師如来坐像(奈良時代~平安時代初期)。そして、ご本尊をぐるりと囲んで守護する圧巻の国宝・十二神将立像(12体)(奈良時代※波夷羅大将は補作)で知られています。
新薬師寺の中田定観住職(1944年生)は、同寺からほど近い隔夜寺※1で生まれ、幼少期より、文化人でもある新薬師寺の先々代住職・福岡隆聖師※2のもとで手伝いをしながら、学び育ちました。新薬師寺には、かつて、前身とされる香山寺のご本尊だったとされる旧国宝・香薬師像(伝・光明皇后の念持仏)が安置されており、隆聖師も篤く信仰していました。しかし、明治の2度の盗難で手足が切り離され、昭和の3度目の盗難でとうとう行方知れずに。現在は、香薬師堂に複製の像が安置されていますが、定観住職は、ルポライターの貴田正子さんご夫婦とともに今も香薬師像を探しています。2005年には、奇跡的に香薬師像の「右手」が発見され、同寺に戻り(現在は奈良国立博物館に寄託)、話題を集めました。長年、高畑エリアの歴史を見つめ続け、自身でも今の高畑を記録に残して、次世代へ伝えようと努める定観住職にこの地の思い出と魅力を伺いました。

※1隔夜寺(かくやじ)
新薬師寺からほど近い、称名念仏の祖・空也上人と縁がある寺院。通常非公開。ご本尊は、奈良県桜井市にある長谷寺の十一面観音立像を縮小したものと伝わるほど、長谷寺とも縁深いお寺です。

※2福岡隆聖(ふくおかりゅうしょう)(1902~1981年)
新薬師寺の僧侶で、東大寺修二会(お水取り)の練行衆であり、画家として修二会の画集を出版しています。観音院サロンで多くの文化人と交流した知識人。

思い出と心惹かれる高畑の風景
(戦後直後~昭和中頃)

私は、清水町や破石(わりいし)町を通って、地元の飛鳥小学校・中学校に通っていました。破石町から新薬師寺までの道(柳生街道の一部)は、新しい家もあまり建っておらず、今も本当に昔のままです。現在の奈良教育大学の場所ですが、戦時中は、陸軍歩兵第38 連隊が駐屯し、戦後は、米軍に接収され駐屯地になりました。生まれ育った隔夜寺の前を進駐軍が春日奥山へ演習に行くため通るのですが、幼い私が訳も分からずじっと見ていると、米兵が飴やガムを投げて寄越してきた記憶があります。当時はギブミーチョコレートの時代ですから。他にも1952年頃、若草山山頂へ夜間の納涼バスが走っており、隔夜寺の前を通るので、それに乗ってみんな山頂でビールやお茶を飲んでいましたね。
心惹かれるのは、新薬師寺の駐車場から見える春日大社のご神体の御蓋山(みかさやま)です。目の前にあるのですから、そういうのも感激しますね。高畑は社家町なので、本堂の東側はかつて春日大社影向(ようごう)の間でしたし、香薬師堂の夜泣き地蔵※3も縁があり、春日大社と繋がりがありました。今の風景からは想像できませんが、1988年頃まで、東大寺東側の春日野園地には、市営の春日野プールやちょっとした動物園があったのです。私も子どもの頃、近道で春日大社の杜を通り、プールに行ったり、泳いだ帰りに屋台の冷やし飴を飲んだりした思い出があります。

※3夜泣き地蔵
春日大社で夜な夜な子供の泣き声がしたため、春日の神人(じにん)がその声の先である御本殿へ行くと、春日様は地蔵様の姿をしており、「新薬師寺へ行きたい」と言われました。そして、新薬師寺に移され、毎年、春日大社から五升の米が寺に届けられたという伝承が残っています。※神人とは中世の神社に所属した奉仕者身分

文化人でもあった
先々代住職・福岡隆聖師

福岡隆聖師のデザインした波夷羅大将と定観住職

30代で新薬師寺に入ったのですが、先々代の福岡隆聖師と先代で父の聖観とここで暮らしました。隆聖師は、奈良を愛した文化人のひとりで歌人でもある会津八一さん※4の親友でした。八一さんは、新薬師寺で13首も歌をつくっており、香薬師さんを詠った境内の歌碑が第一号です。隆聖師自身も文化人でした。美術に造詣が深く、明治期の国宝指定で登録された十二神将の名称が間違っていることに気付いて、『儀軌 (ぎき)※5』を学び、十二神将の名前と並び方を現在の形に直しました。そのため、有名な伐折羅(バザラ)大将が今も国宝指定名の場合では、迷企羅(メイキラ)大将になっているのです。さらに、十二神将のなかで唯一の補作である波夷羅(ハイラ)大将のデザインもしています。東大寺の僧侶で別当も務めた上司海雲師※6の「観音院サロン」にも会津八一さんや写真家の入江泰𠮷さん※7らとともに出入りしていました。私は、文化人の皆様と直接的な面識はありませんでしたが、隆聖師にあちこち連れて行ってもらいまして、色々な著名人にお会いしましたね。香薬師さんの複製を制作した彫刻家の水島弘一さんにもお会いしました。

※4会津八一(1881~1956年)
奈良の自然と美術を酷愛し、書家、歌人、美術史研究など、幅広い活動で知られています。早稲田大学名誉教授。雅号は、秋艸道人(しゆうそうどうじん)です。

※5儀軌
経典に解かれた仏などの造像や供養などの規則を定めた書。

※6上司海雲(1906~1975年)
文学・芸術を愛し、書画でも評価を受けている東大寺観音院の住職(後の第206世東大寺別当)。奈良に移住した志賀直哉と親しく交流しました。志賀の東京転居後は、観音院にいつしかサロンが形成され、「観音院サロン」とよばれるようになりました。観音院サロンには、画家の杉本健吉、歌人で文人の会津八一、写真家の入江泰𠮷、洋画家の須田剋太などが出入りしたことで知られています。

※7入江泰𠮷(1905~1992年)
半世紀以上にわたり、奈良の仏像・風景・伝統行事・万葉の花等を独自の感性で撮り続けた写真家。入江作品で「美しき奈良大和路」のイメージが定着したといわれています。

映画『好人好日』に映る、
在りし日の高畑

1961年公開の『好人好日(こうじんこうじつ)』という映画がありましてね、奈良女子大学に勤めていた世界的な数学者の岡潔(おかきよし)さんをモデルにした映画なのです。主人公の尾関(笠智衆)の養女役に新人だった岩下志麻さんが出演しています。それを観ると、高畑などこの辺りの当時の景色が出てくるのです。私は思い付いて、高畑が出てくる映画のワンシーンをキャプチャ写真にして、同じ場所へ行き、今の風景を撮って並べるのです。例えば、新薬師寺から白毫寺へ行くところに小高い坂があって、昔、三角喫茶店だった建物の向かいに元々靴屋さんがありました。今も赤い雨除けがバタバタしているのですが、薄っすら靴屋の文字が残っています。写真を撮っておくと、風景の変遷が分かって、記録になりますね。
変遷と言えば、戦後すぐの頃までは、新薬師寺では、本堂中央の円壇まで上がって拝観ができました。十二神将を本当に間近で拝観できたのですよ。もちろん今は、上がれませんので、お薬師様や十二神将、それぞれ必ず目が合う場所がありますから、探してみて、そこからぜひ、お参りしてください。

新薬師寺に伝わる
民間信仰や伝承

ご本尊の前で合掌する定観住職

私が小さい頃、境内の池に片目の鯉がいました。ご本尊が眼病平癒のお薬師様なので、参拝者の願いを受け取って片目になったと言われていました。他にも、本堂真ん中扉の左端に錐(きり)がぶら下がっていますが、身体の悪いところを突くと治るという言い伝えがあります。他にも身体の悪いところに紙を貼ったら治ると伝わる紙貼り地蔵さんとかね。一時、大名茶人の織田有楽斎※8が住んでいたという言い伝えもあって、境内に有楽斎が眺めたとされる「織田有楽斎の庭」があります。色々あちこち旅行に行っても、やっぱりうちの庭が一番えぇなぁと思いますね。

※8織田有楽斎(おだうらくさい)
織田有楽斎(織田長益)は、織田信長の末弟で、豊臣秀吉や徳川家康にも仕えた大名茶人として知られます。

私にとっての高畑

奈良町から破石へ、そこから道を上がって行って、新薬師寺の方へ角を曲がったら景色がガラッと変わります。本当に昔から変わっていない風景です。私のふるさとですね。車で新薬師寺に来られるよりも、市内循環バスに乗り、破石町(新薬師寺道口)で降りて、信号がある大きな交差点の新道ではなく、一本南側の旧道を上がっていただくと、そのあたりに高畑の風情が残っているので、それを感じながら歩いてほしいですね。