近現代がテーマ。奈良の穴場!?をノスタルジックにまち歩き
貴重な産業遺産や隠れた歴史を元興寺文化財研究所の研究員さんと一緒に深掘り
奈良県を代表する難読地名の一つ「京終」(きょうばて)。奈良市「ならまち」の南に位置するエリアです。ここは、平城京の南端に由来するノスタルジックなまち。復元されたレトロな駅舎や古いまち並みが残り、のんびり歩くのに最適です。この記事ではナビゲーターの案内で、「京終」エリアの戦前・戦後の歴史散策の楽しみ方を紹介します。
INDEX
- 京終エリアを案内するのは…
元興寺文化財研究所研究員の服部光真さん - ならまちの「南玄関」京終エリアってどんなところ?
“物流の拠点”として多くの人とモノが行き交ったまち。かつて京終駅周辺は奈良駅より栄えていた!? - 服部さん教えて①
「井上本店」京終が物流の拠点だったことを示す生き証人、大正末期の赤レンガ倉庫 - 服部さん教えて②
「吉岡家住宅」昭和初期の京終を代表する町家造りの建物 - 服部さん教えて③
いたるところに近代産業遺産が残る京終。歩いて見つけるのも楽しいですよ! - 奈良青果卸売市場跡
かつての奈良市の台所「京終市場」のにぎわいとは? - かつてあった福寺池の水源!?現在も農業用水として使われる水路
- 服部さん、教えて④
ちょっと昔の京終駅周辺の姿 - 京終駅舎
「瓦葺き寄棟造屋根で平屋建てのモダンな洋風木造駅舎」 - 奈良安全索道の駅跡
「もう一つの物流の拠点、市街地と大和高原を結ぶ山間輸送の大動脈」
- 駅の南に近代産業の工場が進出、モノや人が集まるだけでなく大衆文化の発信地に
- 服部さん ありがとうございました!
- 近代遺産を感じられる空間でランチ、カフェ、お買い物を楽しもう
- 京終駅舎カフェ 「ハテノミドリ」
復元された明治時代のモダンな洋風木造駅舎でカフェタイム - 焼菓子 京終やまぼうし
吉岡家住宅で月に2日間だけオープン! - この記事で紹介したスポットやお店の地図
- その他のエリアとモデルコース
京終エリアを案内するのは…
元興寺文化財研究所研究員の服部光真さん
京終をナビゲートしてくれるのは、京終エリアの歴史に詳しい元興寺文化財研究所の研究員である服部光真(はっとり みつまさ)さん。同研究所は、京終町の皆さんと協力して、『奈良町の南玄関』(京阪奈情報教育出版株式会社)という本を制作しており、服部さんもメイン執筆者のひとりです。今回は、この本をベースにノスタルジックな近現代史の名残が感じられる「京終の歴史」を半日かけて解説してもらいました。さらに、今回はゲストとして、歴史大好きな第7代NARA CITY コンシェルジュの椿莉名(つばき りな)さんも登場。一緒に京終のまちを楽しんでもらいました。
ならまちの「南玄関」京終エリアってどんなところ?
“物流の拠点”として多くの人とモノが行き交ったまち。かつて京終駅周辺は奈良駅より栄えていた!?
近代の京終エリアは、鉄道の敷設に大きな影響を受けました。なかでも1898(明治31)年に奈良鉄道が「桜井~京終間(現在のJR万葉まほろば線)」を開通させたことで、京終エリアの風景は大きく様変わりします。 この路線が古代から近世にかけて京終エリアの歴史的な地域特性を形作ってきた上街道(上ツ道)の役割を引き継いだのです。
江戸時代まで、現在のJR京終駅周辺は、水田だらけの農村地帯でしたが、鉄道が敷かれたことで、宿泊施設や飲食店、運送屋などが店を構え、徐々に繁華街のようになり、大きく発展を遂げます。
さあ、元興寺文化財研究所の研究員である服部光真さんの案内でノスタルジックな京終のまち巡りにでかけましょう。
服部さん教えて①
「井上本店」京終が物流の拠点だったことを示す生き証人、大正末期の赤レンガ倉庫
- 服部さん
- 東京駅丸ノ内本屋(丸ノ内駅舎)や富岡製糸場のように、国が造った赤レンガ建築の多くは、文化財に指定され、守られてきましたが、この倉庫のように民間で造られた建物の多くは、価値が見出されぬまま淘汰されてしまいました。かつてこの京終エリアにあったいくつかのレンガ造りの建物も、ここ以外、すべて姿を消しています。だからこそ、この規模の民間利用の赤レンガ倉庫が当時の姿を留めているのは、本当に貴重なことです。庶民の記憶や民間の近代遺産として、その真の価値に光が当たる時代が、これからきっとやってくるはずです。
※倉庫見学(有料)は事前予約が必要です 
井上本店さんの赤レンガ倉庫をさらに深掘り
先代の娘さんである吉川恵美子さんにお話をうかがいました
井上本店は、江戸時代末期の1864(元治元)年に興福寺の南、猿沢池近くの今御門町(いまみかどちょう)で創業しました。その後、1945(昭和20)年頃、先々代の時に現在の京終の地へと移転しました。赤レンガ倉庫は移転前の1941(昭和16)年頃に購入したものです。京終には駅があり交通の便がよく、近くに市場もあったことが、この地へ移転した理由だと思います。当時は、東山中(大和高原)にも商品を卸していましたので、京終駅から奈良安全索道で、この醤油が運ばれたのかもしれませんね。倉庫の入り口は、開口部を広く取るため、アーチ状にしています。おしゃれなデザインですよね。小さい頃は、暗くて怖かったです。近所の子にもお化け屋敷と言われていました。
今は醤油やお味噌の熟成やもろみなどの原料を保管する倉庫として使っています。醤油づくりの醸造において、レンガ造りのメリットは、外気との温度の変化が緩やかなので、もろみやお味噌を置いておくのに適している点ですね。

- |井上本店(イゲタ醤油醸造元)|
- 住所
- 奈良市北京終町57
- 電話
- 0742-22-2501
- 時間
- 9:00〜17:00
- 休み
- 土日祝(10月~3月は土曜も営業)
- 駐車場
- 2台
- 【見学のご案内】
- 井上本店では製造工程や赤レンガ倉庫などの見学を通年(ただし、繁忙期には対応できない日あり)で受付けています。
開催時期:通年(ただし、繁忙期には対応できない日あり)
所要時間:45分/90分
定員:1〜15名
料金:1名あたり45分1,500円/90分3,000円(※8名以上で割引あり)
予約:完全予約制(※お電話でお問い合わせください0742-22-2501)
服部さん教えて②
「吉岡家住宅」昭和初期の京終を代表する町家造りの建物
- 服部さん
- 吉岡家住宅は、昭和前期の奈良の町家の屋敷構えを伝える建物として、2016(平成28)年に主屋と渡り廊下が国の登録有形文化財に選定された京終を代表する建物です。主屋と渡り廊下は、どちらも1935(昭和10)年に建てられたものなんですよ。

- 服部さん
- 主屋は、日本の伝統的な古民家によく見られる切妻造桟瓦葺(きりづまづくり さんがわらぶき)です。通り沿いで、南に面する木造2階建ての町家ですが、正面の外観は、ロフトのような中2階がある「厨子(つし)二階」の形式です。漆喰と細い縦格子で作られた虫籠窓(むしこまど)があって、防火対策をしつつ光と風を取り込んでいますね。1階には、細い格子戸(こうしど)や出格子(でこうし)があるので、どれも典型的な昭和前期の奈良の町家造りの建物の特徴が見られます。

- 服部さん
- 吉岡家住宅は、町家造りですが、周辺の京終や紀寺の古い町家には、間口の狭い農家風の住宅も見られます。かつては、この京終にも藁ぶきの住宅もありました。
この辺りの地域の特徴として、都市と農村の2つの面を持っている点があります。境界に位置し、京終町と京終村が隣り合って存在したので、町の中にありつつも、農家住宅っぽさが残るのがこの辺りの建物の特徴なんです。まさに都市だけれど農村という地域の特徴を示していますね。
現在、内部の見学はできませんが、月に2日間だけ「焼菓子京終やまぼうし」として営業しています。 
【もっと楽しむための歴史知識】
吉岡家住宅と観光
吉岡家住宅についてはもう一つ。この場所にかつて、「奈良観光の大立者」として、奈良の興行界や観光振興に大きな功績を残し、26年間にわたり奈良市観光協会会長を務めた谷井友三郎(たにい ともさぶろう・1901-1979)の生家があったことでも知られています。
- |吉岡家住宅|
- 住所
- 奈良市北京終町17
- ※内部の公開は行なっておりません。外観をご覧になる場合は、近隣住民の方に配慮して見学をしてください
- ※「焼菓子京終やまぼうし」の記事はこちら
服部さん教えて③
いたるところに近代産業遺産が残る京終。歩いて見つけるのも楽しいですよ!
- 服部さん
- 「ならまち」の南に位置する京終エリアは、かつて産業で栄えた名残が、今もまちのあちこちに息づいています。レトロな風景や隠れた歴史の痕跡を自分の足で探すのも楽しいものです。今回はおすすめを2つ紹介します。

奈良青果卸売市場跡
かつての奈良市の台所「京終市場」のにぎわいとは?
- 服部さん
- 「京終市場」は、京終駅北西側にあり、地元の人が「中街道」と呼んだ大和郡山市へ向かう道沿いに1919(大正8)年、「奈良青果市場」が設立されたことから始まります。次々と市場が集まってきたことに伴って、卸問屋など、徐々に店舗が増え、約100店舗が軒を並べるようになり、このエリア一帯の市場を総称して「京終市場」と呼ばれるようになりました(1919年~1977年頃まで)。

- 服部さん
- この地域は、市場が1977(昭和52)年に大和郡山市へ「奈良県中央卸売市場」が移転するまで、多くの買い物客でにぎわう「奈良市の台所」と呼べるような存在だったんです。かつてのにぎわいの名残として、数多くあった市場の一つ「奈良青果卸売市場」の跡地が今も残っていますよ。

かつてあった福寺池の水源!?現在も農業用水として使われる水路
- 服部さん
- 京終駅周辺は、かつて水田地帯でした。もともと水が流れていたところに、明治に入り、現在のJR線が開通したので、線路下に水を通して、サイフォンの原理でくみ上げ、水田地帯の溜池である福寺池へ水を送っていました。水田地帯のこの辺りでは、今でも、「ノガミサン」と呼ばれる稲作の守護神「野神(のがみ)」をまつる農村行事が残っているので、ここが農村地帯であったことがよく分かりますね。農業に従事した人々が町家に住んでいたようです。

- 服部さん
- 近代の都市化の波が都市近郊の京終にも及びます。密集地に駅をつくることはできないので、水田地帯だったところに京終駅が開業し、駅周辺を通称「青バス」、「銀バス」と呼ばれるバスも運行していたので、電車でもバスでも訪れやすい交通の要所になりました。それに伴って、水田地帯が都市化し、昭和に入って、工場地帯へと変わっていきました。

服部さん、教えて④
ちょっと昔の京終駅周辺の姿
京終駅舎
「瓦葺き寄棟造屋根で平屋建てのモダンな洋風木造駅舎」
- 服部さん
- 1898(明治31)年に開業した京終駅舎は、瓦葺き寄棟造屋根で平屋建てのモダンな洋風木造駅舎です。無人となった今では考えられませんが、近代の京終駅は、奈良駅よりも貨物の扱い量が多く、駅員が約30人もいたそうですよ。

- 服部さん
- 奈良県の中南部から買い物に来る人は、京終市場で食料品を、現在の近鉄奈良駅付近にある餅飯殿商店街(もちいどのしょうてんがい)などで衣料品を購入したので、当時の京終駅は、物流の拠点であり、「奈良の勝手口」と言える存在だったんですね。

- 服部さん
- 現在の駅舎は、「奈良町の南玄関口」として観光の新たな拠点とするため、2019(平成31)年に明治期の開業当時の姿に復元整備されたものです。レトロな駅舎の待合室には、寄贈されたストリートピアノが置かれ、1人10分程度を目安に弾くことができます(演奏可能時間11:00~17:00)。

奈良安全索道の駅跡
「もう一つの物流の拠点、市街地と大和高原を結ぶ山間輸送の大動脈」
- 服部さん
- 京終駅前には、鉄道の他にもう一つの物流の拠点がありました。1919(大正8)年に開業した奈良安全索道(さくどう)と呼ばれる物資運搬用ロープウェイの京終駅です。大和高原と奈良市街地(小倉~京終間、総延長約17キロ)を結ぶ索道の駅は、京終駅舎の東側で現在、住宅や材木屋がある辺りにあったようですね。
このロープウェイで京終駅に運ばれたものは、大和高原の冬季の寒さを利用して作られた天然の凍豆腐(こおりどうふ)、木材、薪炭、米などで、逆に大和高原側へ運ばれたものは、生活に欠かせない日用雑貨や石炭、肥料、凍豆腐製造のための大豆やにがりなどでした。明治・大正期の大和高原は、日本で三本指に入るほどの天然凍豆腐の産地として知られていたようです。この索道は、1952(昭和27)年に廃止されるまで、短い期間ですが、山間部の人々の生活を支え続けた、今となっては、幻のロープウェイと言えますね。 
駅の南に近代産業の工場が進出、モノや人が集まるだけでなく大衆文化の発信地に
- 服部さん
- 戦後になると、京終駅周辺に大きな製材所が増え、1955(昭和30)年頃には、奈良市街から京終へ、伝統産業の奈良晒(ならざらし)や麻繊維から派生した蚊帳工場が数多く移転し、全国シェアの80パーセントを誇るようになりました。奈良の伝統産業だけでなく、昭和前期から戦後にかけて、様々な近代産業の工場が京終に進出してきました。例えば、南京終は、大手化学メーカー「積水化学工業」の創業の地なんですよ。

- 服部さん
- 他にも、現在の元興寺文化財研究所総合文化財センターの場所は、レコード会社「テイチク」(現在のテイチクエンタテインメント)の本社工場があった場所なんです。歌手でギタリストの田端義夫がギターを抱えて走っていったエピソードや、作曲家の古賀政男がテイチク本社工場の敷地内にあった稲荷神社に奉納した玉垣などが残っていまして、当時の京終は、大衆文化の発信地でもあったようですね。
工場が増え、そこで働く人々の住居やお店も充実していきました。市街地に近いこともあって、当時の京終駅周辺は、国鉄奈良駅より栄えていたんじゃないでしょうか。
今より少し前、奈良駅周辺より、現在の静かな京終エリアの方がにぎやかだったと思うと、何だかおもしろいですね。しかし、時代は流れて、国道や県道が整備され、車社会になると、市場も工場もさらに郊外である隣接の大和郡山市へと移転していきました。
【元興寺文化財研究所総合文化財センターについて】
一般向けの施設見学会を不定期で開催しています。詳細は元興寺文化財研究所のホームページを参照ください 
- |京終駅舎|
- 住所
- 奈良市南京終211
- 時間
- 運行時間による
服部さん ありがとうございました!
- 服部さん
- 京終駅ができたことで、物流の拠点になり、市場や工場が増えて発展し、大いに栄えた近現代の京終の姿がイメージできましたか?ぜひ、今回のガイドを参考にして、昔懐かしいレトロな風景の中、その歴史を実感できる痕跡を探しながら、巡ってみてください。

元興寺文化財研究所主幹研究員。専門は日本中世史。 2016年、元興寺文化財研究所総合文化財センターの開所を記念して、地元京終周辺地域の歴史文化を紹介する企画展を担当。その後、地元の方々と調査・研究を重ね、共同で『ならまちの南玄関―歴史と文化の扉をひらく―』(京阪奈情報教育出版、2021年)を制作した。
近代遺産を感じられる空間でランチ、カフェ、お買い物を楽しもう
服部さんに案内していただいたスポットの数々。実は当時の面影を活かした素敵なカフェやショップが併設されているところがあります。ノスタルジックな空間に浸りながら、のんびりとお茶やお買い物を楽しむのもまち歩きの醍醐味。散策合間のひと休みに、ぜひ立ち寄ってみませんか?
京終駅舎カフェ 「ハテノミドリ」
復元された明治時代のモダンな洋風木造駅舎でカフェタイム
120年前の開業当時の姿によみがえった京終駅舎には、カフェ・コミュニティスペースが設けられ、京終駅舎カフェ 「ハテノミドリ」が営業しています。店内には、白いピアノも置かれ、旅行者や地域の人々が集う場所として、不定期でイベントも開催されています。特に、ランチやティータイムを過ごしながら、大きなガラス窓のすぐ先で、電車が行き交う瞬間を眺められるのは、駅舎内カフェならではの醍醐味。
ランチは、平日の場合、「スープ+ごはんセット」(1,200円)「スープ+トーストセット」(1,100円)があり、土日になると、ごはんセットが「スープ+おにぎりセット」に、「スープ+トーストセット」は、4種類のトーストから選べるアレンジセットに変わります。スープは月替わり、ごはんは週替わりなので、訪れる度に違う味に出会える楽しみも。
その他、1か月スパンで変わる季節のスイーツや、夏はシフォンケーキ、秋冬はチーズケーキとカフェメニューも充実しています。スコーン2種セットは、テイクアウトも可能です。
店内には、奈良県の特産品の靴下や貝ボタン製品(アクセサリー等)、麻製品などを扱う販売スペースがあるほか、大和郡山市の本屋「とほん」が年4回、季節ごとにセレクトした本も置かれています。
- |京終駅舎カフェ 「ハテノミドリ」|
- 住所
- 奈良市南京終211 JR京終駅舎内
- 電話
- 070-1849-1033
- 時間
- 平日11:30~14:00/14:30~16:00の2部制
土日祝11:00~16:00 - 休み
- 水曜(※詳細はInstagramを確認)
- 駐車場
- 無し
焼菓子 京終やまぼうし
吉岡家住宅で月に2日間だけオープン!
「焼菓子 京終やまぼうし」のある吉岡家住宅は30~40年ほど空き屋だったのですが、現在の所有者である吉岡さんご夫婦が、元々の面影をしっかりと残すために最低限の手直しに留めた改修を行いました。そして「この建物を見てもらえるような、何かおもてなしができたら」と、2018(平成30)年から始めたのが、月に2日間だけオープンする「焼菓子 京終やまぼうし」です。月ごとに、吉岡さん手作りの焼菓子の店頭販売、もしくはカフェ(テイクアウト無し)のどちらかの形態で営業するとのこと。詳細は公式Instagramをご確認ください。
- |焼菓子 京終やまぼうし|
- 住所
- 奈良市北京終町17
- 電話
- 090-8084-5693
- 時間
- 11:00〜18:00
- 休み
- 月に2日間のみ(※営業日はInstagramで確認)
- 駐車場
- 無し
(撮影:都甲ユウタ テキスト:いずみゆか)
※掲載の情報は2026年8月時点のものです。詳細は各施設・店舗にお問い合わせください
※掲載価格はすべて税込みです
※写真はすべてイメージです
この記事で紹介したスポットやお店の地図
- 井上本店(イゲタ醤油醸造元)
- 吉岡家住宅
- 奈良青果卸売市場跡
- 水路
- 京終駅舎
- 京終駅舎カフェ 「ハテノミドリ」
- 焼菓子 京終やまぼうし
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その他のエリアとモデルコース
- 奈良Go Round とは
- “もっと知りたい、楽しみたい”をキャッチフレーズに、
まだ深く知られていない奈良市の様々なエリアを紹介します。 
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- 高畑
- 神社仏閣に加え、⼤正・昭和初期に作家、芸術家ら が集った⽂化的な雰囲気を感じられるエリアです。

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- 佐保路
- 古刹や素敵なカフェ、少し⾜を延ばせばレトロな商店 街、古墳群があるなど様々な顔をもつエリアです。

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- 船橋通り商店街
- 昔ながらの⾵景に、レトロな建物を活かしたカフェ など新しいお店もやさしく溶け込む、ゆっくりと注⽬を集めるエリアです。

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- 帯解
- 歴史が息づく名所を巡りつつ、いちご農家の直売所や歴史ある酒蔵見学なども堪能できるエリアです。

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- 奈良の穴場!?JR奈良駅から1駅の注目エリアを巡る「京終歴史さんぽー近現代歴史編ー」
- 京終エリアに残された貴重な遺産から、知られざる⼀⼤物流拠点だった歴史などを辿るコース

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当時の京終駅周辺には多くの市場があり、「奈良市の台所」と呼ばれるほど青果や魚の市で賑わっていました。市場を支えるための様々な産業がこの地に集積していきましたが、その一つに「龍紋氷室」という製氷会社がありました。現在も目を引くこの赤レンガ倉庫は、氷を供給していたその工場の建物を「井上本店」が引き継いだものだそうです。かつての京終は、市場があり、バスや鉄道が走り、物資運搬用ロープウェイ(奈良安全索道)の駅も集まる一大物流拠点だったんですよ。