法華寺 門主/樋口教香さん インタビュー
次の1000年も形を変えずそのまま…
法華寺は、光明皇后の御心を今に伝え、「大和三門跡」として、中宮寺(斑鳩町)と圓照寺(奈良市)と共に皇室や摂家の姫君が代々門跡(住職)を務めてきた伝統と格式がある尼寺。
歴史の荒波の中で荒廃と復興を繰り返し、第二次世界大戦後の荒廃から今のように境内を整え、一般に門戸を開いたのは、先代の故・久我高照(こがこうしょう)門跡でした。
親しみと敬意を込めて「御前様」と呼ばれる久我門跡から受け継いできた覚悟や思い、法華寺のこれからについて樋口教香門主にうかがいました。
仏教の信仰と向き合ったミャンマーへの旅
私は、もともと神戸の山の手の生まれで、結構自由に育ったんですよ。若い頃は、お金を貯めて、ヨーロッパなどの海外へ旅行に行くことが好きだったので、その頃は、まさか自分が仏門に入るとは思ってもみませんでした。両親が読書家だったので、般若心経の本が自宅にあり、読んだことはありましたが、仏教を熱心に信仰している家でもありませんでした。
そんな中、父が早くに亡くなり、家の宗派が真言宗だったので、父の命日に、後に私の師となるお坊様から「高野山の尼僧学院(現・高野山専修学院尼僧部)で学んではどうか」とお話をいただく機会がありました。母に相談したら、私の将来を心配して、仏門に入ることを勧めてくれ、実際に一度、尼僧学院を訪れることになったのです。そこで色々とお話しを聞いていただき、まずは試験を受けてみることになりました。でも、急な展開でしたから、試験を受ける前に自分の気持ちを整えて、仏教に向き合うため、仏教国のミャンマーへ旅をすることにしたのです。
以前にも仏教とゆかりが深いタイやインドを訪れたことはありましたが、ミャンマーは、初めてでした。大乗仏教(※1)の日本と違い、ミャンマーは上座部仏教(※2)の国ですが、仏様を拝む気持ちは同じです。旅の道中、現地の若い男の子が添乗サポートをしてくれた時のことです。道端の道祖神の前で立ち止まる彼に「どうしたの?」と聞いたら、「皆さんの無事を祈っている」と言ったのです。その時、自分のことばかりではなく、他者を思いやる利他の精神や信仰に対する真摯で敬虔な気持ちが伝わって来て、「(仏教の信仰とは)そういうことか」と腑に落ちました。その事がきっかけとなり、心を決めて、帰国後に高野山で得度(※3)し、修行に入ったのです。髪を落とすことに迷いはありませんでした。今思えば、仏門に入るようレールが敷かれていたのではないかという気持ちです。
※1 大乗仏教…ひろく民衆のための仏教であることを目指す、インドで西暦紀元後に生まれた新しい形態の仏教
※2 上座部仏教…仏教部派の一つ。仏滅100年頃、仏教教団が保守派の上座部と進歩派の大衆部(だいしゆぶ/大乗仏教)の二つに分裂した
※3 得度…仏教において、仏門に入り僧侶となるための儀式
戦後の法華寺復興の立役者、ハイカラな御前様
法華寺へは、人手が少ないという理由で、高野山からお手伝いに行くよう頼まれて来ました。こんなに立派なお寺とは知らずに来て、当時は、お手伝いで来ているだけなので、いつかは他所へ行くものと思っていました。
法華寺は、大変格式の高い門跡寺院です。これまでの歴代の門跡様は、代々、五摂家(ごせっけ) (※4)の筆頭(最上格)である近衛家(このえけ)に入られてから、入寺するルールに基づいておられました。戦後に華族制度が無くなったものの、先の御前様(故・久我高照門跡)も、五摂家の出ではありませんでしたが、それに次ぐ筆頭の久我家(こがけ)(※5)出身の方です。そのような高貴な方々がこの門跡を継いできた歴史があります。
※4 五摂家…鎌倉時代以後、摂政・関白に任じられる五つの家柄のこと。藤原北家の流れで、近衛家を筆頭に、九条家・二条家・一条家・鷹司家の五家
※5 久我家…堂上源氏(公家源氏)の代表格。公家としては摂関家に次ぐ清華家(せいがけ/摂関家に次いで大臣家の上位である大臣・大将を兼ねて太政大臣になることのできる家柄)の家格を持つ
御前様は、とても現代的でハイカラな方でした。華道「法華寺御流(ほっけじごりゅう)」のお家元なので、そのお花が必要だったこと、さらに仏様にお供えするお花を育てる必要があり、庭園「華楽園(からくえん)」をお造りになっています。そして、実利を重んじる方でもありました。
ご本堂前の苑池の中をあえて選んで、護摩堂を約600年ぶりに再建したのも御前様です。もともと室町時代に護摩堂は倒壊しており、それ以降、星祭節分などで護摩法要を行う際は、重要文化財であるご本堂内の局(つぼね)で火を使っていたのですが、常に火事の危険や恐怖と隣り合わせでした。そのため、万が一の時でもすぐ消火できるよう、防災も兼ねて、池の中に建てたのです。
御前様は、戦後に荒廃していたこの寺を今の形に整備をし、復興に尽力した方です。とても動物がお好きで、イヌと一緒に散歩をすると、ネコが付いてきて、みんなで境内を散歩する微笑ましい姿を覚えています。
天皇陛下からの「ああ、良かった」
いつかは高野山へ帰れると思っていたので、まさか自分が跡を受け継ぐとは思ってもみませんでした。でも、時代は変わり、華族制度も無くなり、さらに、ここに若い尼僧がいなかったのです。御前様が亡くなられた後、私達がここに居ながら、法華寺が廃れていったら、皆様に本当に申し訳が立ちません。1300年の歴史と戦後の復興で尽力なさった御前様の姿をよく知っておりましたので、ここで途絶えさせるわけにはいかないと思いました。
実は、あまりの歴史の重さや格式のこともあり、副住職の時にもずっと受け継ぐ迷いがありました。そんな時、御前様が宮中での歌会始(うたかいはじめ)にご参加なさるため、天皇皇后両陛下(現・上皇上皇后両陛下)とお話しされる機会がありました。廊下の外でお待ちしていたら、両陛下と一緒に談笑しながら出て来られ、そこで御前様が両陛下に私を「副住職です」と紹介してくださいました。その時、陛下が「ああ、よかった」と、一言仰ったのです。その安堵したお言葉を頂いたら、「私は法華寺に居ても良いのだ」と、ようやく迷いが晴れました。
そして、御前様は、お亡くなりになる前、「よきに計らえ」と仰いました。仕えているのが私一人(と今も共に法華寺を守る渡邊執事長)しかおらず、後が無かったので、泣く泣く仰ったのだと思いますが、私としてもできる限りのことは、やってみようと思いました。私は御前様とは違い、一般家庭の出身です。そのため、格式あるお寺の住職という意味では、「門跡」も「門主」も同じ意味ですが、私自身は、お歴々の皆様が名乗られた門跡ではなく、「門主」を名乗ることにして、このお寺を受け継ぎました。
これからもそのままで形を変えず伝え続けていきたい
今後も大切に受け継いでいきたいのは、長い伝統がある「ひいなの会(ひな会式)」の法要です。毎年4月1日から一週間、光明皇后御忌法要の花厳会(けごんえ)として行われ、ご本尊様の前に小さな55体の善財童子(ぜんざいどうじ)の像を並べておまつりし、毎日法要するのですが、一週間拝んで完結するものなので、短縮はできないのです。「ひいなの会」について残る鎌倉時代の記録にも「怠ることなく」とあるので、伝統を受け継ぐためにも私が投げ出す訳にはいきません。皆さんと一緒に私が動ける限りは続けなければという使命があります。
できる限りのことはやっていこうと、庭園整備などにも努めています。御前様と同じようなことはできませんが、多くの方の助けを得ながら私と渡邊執事長の2人で法華寺を守っています。1300年前から今に至るまで、様々な動乱や大戦などを乗り越え、形を変えながらここまで残ってきました。昔はもっと広大な寺域でしたが、徐々に縮小されて今はこの規模です。各時代のさまざまな人の思いを受け継ぎながら、この先の1000年も今のこの状態を維持できたらうれしいです。
(撮影:都甲ユウタ テキスト:いずみゆか)
※掲載の情報は2025年8月時点のものです。詳細は各施設にお問い合わせください ※写真はすべてイメージです
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スポット情報
住所- 〒630-8001 奈良県奈良市法華寺町882
- お問い合わせ
- 0742-33-2261(法華寺)
- 時間
- 9:00~16:30(最終受付16:00)
- アクセス
- JR奈良駅・近鉄奈良駅から 西大寺駅行か航空自衛隊前行バス「法華寺」下車、徒歩3分。
近鉄 大和西大寺駅からJR奈良駅西口行バス「法華寺」下車、徒歩3分。
または近鉄 新大宮駅から北西へ徒歩約20分。
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