海龍王寺 住職/石川重元さん インタビュー

イケ住が語るこれまでとこれからのこと

Profile|


石川重元(いしかわ・じゅうげん)


1966年2月3日奈良県奈良市出身。1982年5月5日海龍王寺にて得度し、仏門へ。1991年6月3日海龍王寺の住職を拝命。関西SAVVY 2003年11月号「はじめまして奈良」にて、イラストレーターのみうらじゅんさんから「イケ住(イケてる住職)」と紹介された。

奈良時代、光明皇后が自身の皇后宮を「平城宮内道場」とした歴史を持つ海龍王寺ですが、歴史の荒波の中、長らく荒廃した時期がありました。昭和に入り、先代の松本重信住職(石川重元住職の祖父)が復興に尽力。現在は孫の石川重元住職が先代の思いを受け継いで、海龍王寺を守っています。イラストレーターのみうらじゅんさんから「イケ住(イケてる住職)」と称されるほど、常に前を向き、新しいことにチャレンジし続ける石川住職に海龍王寺のこれまでとこれからをうかがいました。



  • 笑顔でこれまでの試行錯誤を語る石川住職

住職歴は30年以上、真のお坊さんって何やろう?


1991年6月3日、24歳の時に母方の祖父である先代(松本重信住職)から受け継ぎ、住職を拝命しています。当時、宗派(真言律宗)の中で一番若い住職だったと思います。実は、2~3年前に住職任命30年で表彰されましたから、この年齢で考えると、住職歴がとても長いです。住職とは、そのお寺の責任者のことなのですが、継いだばかりの20代半ばの頃は、その意味があまり分かっていませんでした。分かりだしてきたのは、30代半ばからです。「真の住職、真のお坊さんって何やろう?」と真剣に考えるようになりました。


それまで、仏像の説明板を厚紙で作成するなど、自分なりにお寺のことをやってきたつもりだったのですが、参拝者に向けて、お寺のことは住職がきちんと体裁を整え、しっかり伝えないとダメだと思い至るきっかけがありました。公的な機関と連携して、佐保路エリアで新たな取り組みを行った時に、諸説ある歴史のことは、住職がお寺としての公式見解を伝えなければならないと認識したのです。

  • 海龍王寺駐車場の看板もマンガ

しかし、言葉だけで伝えようとしても、伝わりにくいものです。そこで、マンガしかないと思い、お寺の歴史や初代住職を務めた玄昉さんについて、現代の伝え方であるマンガのパンプレットを作成しました。こちらの伝えたい事が相手にいかに伝わるかがとても大事です。

  • おじい様が彫り上げた八十八体佛と笑顔の住職

「まずやってみろ」、廃寺同様の寺を復興した先代の信仰や思いを伝えたい


祖父は、厳しい人で「ザ・坊さん」みたいな人でしたが、他の人や私のやることがたとえ間違っていたとしても、決して否定をしませんでした。「まずやってみろ」と促し、その上で自発的な気付きを待つ人でした。印象に残っているのは、小学校低学年の頃、殺虫剤を噴射するのが楽しくて遊んでいたら、父母には怒られましたが、祖父は何も言わなかったことです。でもある時、造園業者さんが樹木の消毒を行い、毛虫が落ちて亡くなった姿を私に見せて、「殺虫剤というのは、こういう危ないもんなんや」と起こった現象を見せて諭してくれました。子どもでも「それはあかんな」と分かる形で伝えてくれたのです。昔は、字が読めない人にも分かってもらうことを心がけ、説法や布教をしていましたから、誰にでも分かるように伝えるのがお坊さんの役目です。そういう姿勢を祖父から学びました。


1953年に祖父が入寺した時、お堂の中で傘を差さなければならないほど、雨漏りがひどく、それ以前は、時代劇の廃屋シーンの撮影で海龍王寺を使ったというエピソードが残るほど、奈良で一番荒れているお寺と言われていたそうです。祖父は弘法大師信仰が篤く、四国八十八ヶ所霊場の八十八体佛を自ら彫り上げるほど、その信仰を心の支えにして、お寺をここまで復興させました。ですから、奈良時代のことだけでなく、昭和の復興に尽力した祖父が守り続けた大師信仰もずっと大切に伝えていかなければと思っています。


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  • 観光、地域への思いをずっと持ち続けている

なぜその場所にそのお寺が存在するのかを伝えることが大事


お寺で暮らす僧侶にとって、仏像は拝むための信仰の対象です。どのような仏像であっても、その仏様として存在することに意味があると思っていますから、国宝や重要文化財、文化財の価値が…と言われても、正直なところよく分かっていませんでした。

しかし、住職として、お寺の未来を考えた時、信仰はもちろんですが、自分のお寺に文化財的な価値があるものがたくさんあるにもかかわらず活かし切れていないことに気付きました。このお寺の存在をもっと知ってもらうチャンスがないまま終わっていいのか、このままでは終わらせられないと思ったのです。

そこで、このお寺がある佐保路全体の価値を知ってもらい、奈良観光を盛り上げようと思い立ち、実際に行動に移したのですが、今まで何もしてこなかった者が急に何かを訴えても聞いてもらえません。賛同者をはじめ、市長や市議会議長などの協力も得ながら、なんとかイベント開催へと漕ぎ付けました。これがきっかけで、一般に広く佐保路が認知されるようになり、2010年の平城遷都1300年祭では、多くの方が訪れてくださったのです。この事前の佐保路イベントによって、地域を知っていただくための基盤整備ができたと思います。その大切さを身に染みて感じた出来事でした。


観光案内になると、どうしても施設や場所の紹介に重点が置かれます。そして、仏像ブームが来れば、訪れる人も増えますが、終わってしまえば、潮が引くように来られなくなってしまいます。しかし、時代が変わってもお寺の存在意味は変わりませんからそこを伝えていけば、奈良においては、その地域の魅力発信の原動力に繋がると考えています。


ブームとは違う不変的なこと、「なぜその場所にそのお寺が存在するのか」という歴史的場所的な文脈をしっかり伝えることが、遠回りですが、結局は、地域の魅力を伝える近道になると思います。ですから、マンガで玄昉さんがどういう人で海龍王寺がどういうお寺かを紹介したのも同じで、その存在の意味を知ってもらうために制作したのです。

  • 西金堂・五重小塔が時間の重みを教えてくれる

小さな力を結集し、大きな力に変えて受け継いでいく


時代の変化は、素直に認めなければなりません。その上で、変えるべきもの(革新)と変えてはいけないもの(不変)の対象の識別をしっかりする必要があると思います。その識別を間違うと、「存在の意味」という大元が消えてしまいます。現在の奈良に1300年前のものが残っているのは、その識別を間違えなかったからです。奈良では、識別があやふやなものについて、「守る」意識で秩序がしっかり保たれてきたからこそ、昔のものがしっかり受け継がれたのだと感じています。


私も色々な提案を受けることがありますが、迷いが生じて腑に落ちないことは、やりません。やってしまったら後戻りができないからです。迷いを抱えたまま進んでしまうと、昔から受け継いできたものを滅失させ、取り返しのつかないことになりかねません。例えば、創建当初からの唯一の建造物である五重小塔を失ったら、国宝の文化財を失うだけでなく、世の中から「奈良時代」がひとつ失われることになります。どこのお寺にも言えることで、何かひとつのモノが失われたら、その「時代」が失われることになり、そのモノが有する長い歴史的な過程や受け継いできた人々の思いまでもが滅失してしまいます。


ただ、受け継いでいこうにも、維持管理をしていくことがとても難しいのが現状です。それで、始めたのがクラウドファンディングのプラットフォームを用いた継続寄付活動でした。次の時代へ歴史をつないでいくために、「皆さんで小さな功徳を積んでいただけませんか?」という気持ちで、小さな力を結集し、大きな力に変えて、受け継いでいければと思っています。

  • 築地塀と住職。いつまでも残ってほしい佐保路の風景

現代人にとって、お寺は「何もしないことを一生懸命にやる場所」ではないのかなと思っています。パソコンやスマホのキャッシュをクリアにするような、そういう場所は、日常生活において、なかなかありませんから、お寺はそういう場所であったらいいなと思います。現状を見つめると、楽観的なことは言えません。次の時代にこのお寺が続いて、残っていればいいな、残っていればありがたいという思いです。私がこの世から居なくなっても、お寺が存続していく「共助」の仕組みをつくることが私の使命だと思っています。


(撮影:都甲ユウタ テキスト:いずみゆか)


※掲載の情報は2025年8月時点のものです。詳細は各施設にお問い合わせください ※写真はすべてイメージです 


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  • 写真提供:海龍王寺
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スポット情報


住所
〒630-8001 奈良県奈良市法華寺北町897 
お問い合わせ
0742-33-5765(海龍王寺)
時間
9:00~16:30(特別公開時は9:00~17:00)
アクセス
JR奈良駅・近鉄奈良駅から 西大寺駅行バスか航空自衛隊前行バスで14分「法華寺前」下車、徒歩1分。
もしくは、近鉄大和西大寺駅からJR奈良駅行バス10分「法華寺前」下車、徒歩1分。

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