千年を超える奈良の仏さま
千年以上前の誰かと、同じ仏像を見つめて手を合わせるという奇跡。
仏さまの眼には、平和を願う心、時代の荒波の中で祈りを捧げた人々の想いが宿っています。
幾多の戦乱や天災を経ても、失われることなく今に残る奈良の「千年仏(せんねんぶつ)」※。
様々な歴史を超え、受け継がれてきた想いに、そっと耳を澄ませてみませんか。
※今回の特集では、千年を超えて現存する仏像のことを「千年仏」という造語を用い表現しました。
本誌では、平安時代中期頃までに制作された仏像のことを指しています
<メイン写真>新薬師寺本堂内陣(薬師如来坐像・十二神将立像)
仏像史のはじまりと変遷
奈良の仏像の歴史は、6世紀中頃の飛鳥時代に遡り、朝鮮半島の百済(くだら)より、仏教の経典と仏像が伝わったことがはじまりです。その後、仏教の力で国をまとめるために、飛鳥寺や法隆寺などの大寺院が建立され、信仰の対象として国内でも仏像が造られるようになりました。飛鳥時代前期の仏像は、大陸の影響を受けた様式が多く、面長の顔やアーモンド型の目、アルカイック・スマイル(微笑み)が特徴でした。後期には、遣唐使の派遣により、中国(唐)の作風の影響を受けた金銅仏(こんどうぶつ)などが多く見られます。
奈良時代になると、仏教による国づくりが行われ、国の保護を受けた官大寺をはじめとして南都六宗(なんとろくしゅう)※1が栄えました。また、平城京を中心に発展した天平文化を背景に、繊細な衣の造形など洗練された写実的な表現が見られるようになり、日本の仏像様式の基礎がつくられました。塑像(そぞう)や乾漆像(かんしつぞう)などの制作技法が多く見られたのもこの時代です
※1=奈良時代に国家仏教として公認された仏教の宗派。三論(さんろん)・成実(じょうじつ)・倶舎(くしゃ)・法相(ほっそう)・華厳(けごん)・律(りつ)の六宗を表す
苦難を乗り越えてきた奈良の仏さま
平安時代後期になると、仏師・定朝(じょうちょう)により、新たな作風「定朝様(よう)※2」が完成し、仏像制作が効率化されて数多くの仏像が工房で生産できるようになりました。しかし、仏さまの歴史は決して平穏なものではなく、消失の危機と再興を繰り返してきたのです。1180年、平重衡(たいらのしげひら)による南都焼き討ちで東大寺・興福寺の堂宇(どうう)が焼失し、多くの仏像も失われます。
鎌倉時代には、運慶(うんけい)など慶派仏師らの活躍により、多くの仏像が再興されますが、室町・戦国時代には戦乱の影響だけでなく、落雷や火災によって、何度も諸堂が焼失したという記録が残っています。さらに、近代に入ると、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)や戦争などの影響も受けました。
そうした中でも、奈良の仏さまは、幾多の戦乱や災害のたびに人々の深い祈りとともに姿を取り戻し、その信仰は千年の時を超えてなお、守り継がれてきたのです。仏さまが辿った長い歴史に思いを馳せて、奈良の「千年仏」を訪ねてみませんか。
※2=定朝が確立した仏像彫刻の様式。丸みを帯びた穏やかな表情と安定感のある姿が特徴。また、寄木造(よせぎづくり)という制作技法を完成させ、仏像制作の分業化を実現した
奈良の仏像史
※この年表は『ならり』vol.39に掲載されているものです
<INTERVIEW>
奈良国立博物館 学芸部 教育室長
岩井 共二さんに聞きました
Profile
岩井 共二(いわい ともじ)
2012 年8月から奈良国立博物館に勤務。
情報サービス室長、美術室長を経て、2025 年教育室長に。
東アジア仏教美術史が専門。
今春開催された特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」展を担当。
仏像の着衣を知るための「仏像コスプレ」イベントなども企画する。
千年を超える仏像が“今ここにある”ということの意味
長年、研究してきて改めて驚かされるのが、奈良には、飛鳥~奈良時代の仏像が非常に多く残されているという事実です。平安時代や鎌倉時代に造られたものには飛鳥~奈良時代の仏像がモデルとなっているものがあり、日本の仏像の基礎がこの時代に築かれたことが見てとれます。ですが、そうした貴重な仏像も常に消失、劣化の可能性と隣り合っているのです。
(仏像を含む)文化財が失われる要因には落雷による火災や地震などの自然災害があげられますが、戦乱などによる人為的な破壊もありました。明治時代には神仏分離令や、それに伴う廃仏毀釈によって、多くの寺院が大きな打撃を受けました。廃仏毀釈は打ち壊しなどの過激なイメージで語られますが、事実とは異なる場合もあったようです。寺院が経済的に困窮し、やむを得ず仏像を手放す事態も起こるなど、その背景には、守りたくても守れなかった、複雑な社会構造の変化があったのではないかと思います。
そうした変化は現代でも続いており、少子高齢化や物価高騰など、様々な要因によって文化財を保護することが難しくなっています。日本の高温多湿な気候によるカビや虫との戦いもそのひとつです。何よりも、文化財は守る人がいなくなれば、あっという間に消えてしまうということです。
奈良国立博物館は1895(明治28)年の設立当初から文化財の保護に取り組んできました。お寺から大切な仏像をお預かりし、修理や保管はもちろん、高精細なカメラでの撮影や、許可をいただければX線CTスキャンにかけることもあります。また、仏像を展示することも、その価値を伝え、守ることにつながるものだと考えています。この春に開催された特別展「超 国宝-祈りのかがやき-」では、明治時代からずっと寄託されてきた仏像だけでなく、通常は貸し出しされることのない貴重な仏像をお借りして展示しましたが、それも設立から130年かけてお寺との信頼関係を築けてきたからだと感じます。今後も奈良のお寺から頼られる存在であり続けること、また、これまで大勢の人々によって守られてきた歴史を後世へつないでいくことが博物館の役割だと思っています。
※当記事は観光情報誌『ならり』vol.39からの抜粋です。掲載内容は2025年8月現在のものです
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